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25|SinV|20080516195159

どうもです。ブログ初コメですw

>ものごとって100%は伝わりませんよねぇ
無理あるってわかっててももどかしいときありますね。
ぼくも小説家見習い候補生予備軍(見込み)として、伝えることとか伝わり方のことよく考えます。
最近は、感動とか伝えたいときは、感動にまつわる状況のディティールを伝えることに重点おくより、相手に同じ感動を起こさせるにはどれをどう伝えたらいいかのほうに重点おくって意識してます。
なんかで読んだんですけど、会話でものごと伝えるときって言葉は2割くらいしか役立ってなくて、声の感じとか表情とかで相手は意思を読みとってるって。
話の内容は料理の盛り付けで、それも大事だけど要は味(起こる感情)っていうことでしょうか。
「髪留め~」の話だと、ぼくなら聞きながら自分の思い出の中の「親戚のおばちゃん」的な人と「昔使ってた髪留め」的なものに無意識に置き換えて(自分の中で別の話に変えてしまって)、話し手の感動を理解しようしてる気がします。やっぱり内容より感情を理解しようとしてます。
印象的なエピソードわすれたりするのもそのへんなのかもしれませんね。感情だけ覚えてて「なんかおもろいことあった気するけど、なんやったっけなー」っていう。
んー、考え出すとムツカシイですね。なんかよくわからなくなってきました。というか長コメすいません。。
27|斉所|20080518004336

読みにくい記事にコメント有難うございます。

SinVさんの書かれてるのは、「コミュニケーション」て事なのかなと思いました。
伝える際は、内容とかの情報でなく感情を伝える事に重点を置く、
聞く際は相手を感情で理解しようとする、って点が。

伝える・理解する為にはどっちも能動的な努力が必要なんですよね。
この記事書いた時(に限らないかもなんですが)、私にはそういう認識がすっぽり抜け落ちてました。「伝える」でなく「記述する」事を書いてただけなのかも知れないです。
ひゃくぱー

bloge080513.jpg

ご無沙汰しちょります。いんたーねっと見るの自体久しぶりという、ホームページ持ってるやつとして
なかなかの失格っぷりでございます。

毎日どれだけ単調な生活をしていても、実は常にいろいろな事が起こってて、似通った事はあっても全く同じ事は二度と起きないわけで(同じ事に対して「またか」と感じるだけでも初回とは異なる経験になるはず)、色々ある度に色々な事を思ったり考えたりします。

どんな人もこれは同じはずなんやから、人と会ったりした時に話題が何も無いなんて事は有り得ないんでないの??…と思ったんですが、
それは、まったくの勘違いですね。

まず、色々な事があったって、大抵ちょっと時間が経てば忘れてますね。
「すれ違ったギャルの髪留めが、昔親戚のおばちゃんが付けてたのと一緒やった!」みたいな発見をしたとして、その後仕事したりご飯食べたりしてるうちに殆ど跡形も無いくらい彼方に行ってしまうでしょう(記憶が)。

第二に、例え「髪留め~」が忘れられないくらい印象深い事であったとして、それが他人にとっても同じとは限らないという事です。上の例でいけば、まず「親戚のおばちゃん」を相手も知っていないと、本人の体験した感動は全然伝わらないでしょう。話題にするには相手と共通の知識が要ります。無けりゃ説明すりゃいいんですが…

ここで第三として、相手に興味が持てるかどうかが問題になります。単に体験して、それについて思いを馳せるのはあくまで個人的な体験であって、その人自身の志向性に基づいた関心に過ぎないわけです。思うのは一人ですけど、話す時は相手が居ます。相手は相手の志向性に則ってものごとを見てます。
とりあえず親戚のおばちゃんについて解説すれば話題として感動を共有できる、というわけじゃないです。

おばちゃんについての客観的に面白いエピソードとかあれば話は別か、というとそうでもなく、相手がそれで関心を持ったとしても、それは「面白いおばちゃん」についての興味で、「おばちゃんと同じ髪留めのギャルを発見した」事はトークのきっかけに過ぎなくなっちゃいます。
て、それはそれでいいですね。それはそれでいいんです。


長々と書いて、途中から道を見失いましたが、要するに言いたかった事は、

ものごとって100%は伝わりませんよねぇ

という事です。そもそも100%伝える必要はないと言えるかもです。大事な気持ちはひとりでとっとくというのも人生の豊かさなんかもしれません。

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日記 | コメント(2) | 20080514005257 | 編集
25|SinV|20080516195159

どうもです。ブログ初コメですw

>ものごとって100%は伝わりませんよねぇ
無理あるってわかっててももどかしいときありますね。
ぼくも小説家見習い候補生予備軍(見込み)として、伝えることとか伝わり方のことよく考えます。
最近は、感動とか伝えたいときは、感動にまつわる状況のディティールを伝えることに重点おくより、相手に同じ感動を起こさせるにはどれをどう伝えたらいいかのほうに重点おくって意識してます。
なんかで読んだんですけど、会話でものごと伝えるときって言葉は2割くらいしか役立ってなくて、声の感じとか表情とかで相手は意思を読みとってるって。
話の内容は料理の盛り付けで、それも大事だけど要は味(起こる感情)っていうことでしょうか。
「髪留め~」の話だと、ぼくなら聞きながら自分の思い出の中の「親戚のおばちゃん」的な人と「昔使ってた髪留め」的なものに無意識に置き換えて(自分の中で別の話に変えてしまって)、話し手の感動を理解しようしてる気がします。やっぱり内容より感情を理解しようとしてます。
印象的なエピソードわすれたりするのもそのへんなのかもしれませんね。感情だけ覚えてて「なんかおもろいことあった気するけど、なんやったっけなー」っていう。
んー、考え出すとムツカシイですね。なんかよくわからなくなってきました。というか長コメすいません。。
27|斉所|20080518004336

読みにくい記事にコメント有難うございます。

SinVさんの書かれてるのは、「コミュニケーション」て事なのかなと思いました。
伝える際は、内容とかの情報でなく感情を伝える事に重点を置く、
聞く際は相手を感情で理解しようとする、って点が。

伝える・理解する為にはどっちも能動的な努力が必要なんですよね。
この記事書いた時(に限らないかもなんですが)、私にはそういう認識がすっぽり抜け落ちてました。「伝える」でなく「記述する」事を書いてただけなのかも知れないです。
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